YAEGEI

2019年に解散した琉球大学八重山芸能研究会の個人的思い出を書き溜めました

わら

発表会が近づくと、練習の終わりに深夜まで作業をすることが増えてきます。

ある日、部室にそこそこの量の藁(わら)が運び込まれました。部長がそれを左右の手に数本ずつつかむと、手のひらでくるくると「縄を綯って」いくのでした。
子どものころ、夜は祖母と一緒に過ごすことが多かった私は、「銭形平次」「大岡越前」「素浪人月影兵庫」などなどの時代劇を欠かさず見ていました。その中で農民がくるくると手際よく縄を綯う様子を見て、憧れていました。それが、目の前で繰り広げられているのですからうれしくてうれしくて。
部長にお願いして、教えてもらいました。教えてもらえばそれなりにできるようになるものです。が、やはり均一に綯うことができていなくて、弱い部分があってあまり上等とは言えないようでした。
「やはり、年配の人は上手なんでしょうね」
と部長に聞くと、
「いや、力のある若い人の綯う縄の方がいいよ」
とのことでした。

この藁綱が、舞台の最後の場面で「帯」として使われると知ったのは舞台当日のことだったと思います。

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hidarinodo
1978年に八重芸に入った男性