YAEGEI

2019年に解散した琉球大学八重山芸能研究会の個人的思い出を書き溜めました

コンパ

以前、私が公開していたHP(プロバイダがHPスペースの提供を廃止したため今はありません)の中で、八重芸のコンパについて書いたことがあります。その文章をそのままここに載せておきます。私が現役だったころの時代ではなくて、ずっと現在に近い時代のコンパを想定しています。


 地方(じかた=地謡)にあこがれました。
 舞台での地方にも、あこがれました。が、一番あこがれたのは、コンパ(飲み会)の地方です。
 八重山民謡の世界では、最初は『赤馬節』とだいたい決まっています。学生のとき、八重芸のコンパも『赤馬節』から始まって『鷲ぬ鳥節』や『目出度節』などを演奏。もちろん舞踊もあります。歌は、地方だけが歌うというよりも、地方といっしょにみんなで歌おうという雰囲気です。これもコンパならでは。
 飲み会ですから、プログラムなんてありません。最初の数曲は、いつもの通りといった感じですけど、後の曲は地方が決めます。地方は進行係でもあるわけです。
 その場にいるみんなの顔を見て、踊れる曲を考える。徐々に盛り上げる。所々で落ち着いた曲をはさむ。彼の十八番ははずせない。彼女の踊りはみんなが待っている。踊りばかりじゃなくて、みんなで歌える曲も入れる。なぜか、懐メロが飛び出す。男女が手を取って踊れる曲。巻踊り。何をおこす(始める)かは、地方が決めています。まあ、時にはリクエストがかかることもありますけれど。

 最後はモーヤー(カチャーシー)になるわけですが、このモーヤーに、いかに自然につなげられるか。みんなが踊りたくなって踊れるような雰囲気をどう作り上げるか。これが地方の腕だと、私は思っています。

 地方に必要なものは何でしょう。
 まず、技術。地方が下手では盛り上がりようがありません。踊りの途中で歌が止まったりしたら、目も当てられません。とくに良い声が必要というわけではありませんが、正確に、踊りやすく演奏できなければなりません。
 次に、レパートリー。みんなが望む曲を演奏できなければ地方はつとまりません。
 そして、信頼。彼が演奏する曲なら踊りたいと思ってもらえること。演奏できるというだけではだめで、地方をやる人は普段から信頼されていることが必要だったのです。先輩が演奏した曲を全部覚えて、次のコンパで同じ曲順で演奏したとしても、みんなから認められるまでは地方としては「使えない」のです。

 私たちは、「毛遊び(もーあしび)」を知りません。言葉は知っていますし、「若い男女が、広場に集まって歌って踊って夜を明かした」とか「恋愛の場所だった」などと聞いたことはあります。しかし、実際に何から始まって、どのような内容で、いつ終わるのかは知りません。舞台で再現された「毛遊び」は、やはりお芝居にすぎないのです。
 幸運にも、私は八重芸で「毛遊び」的な雰囲気を味わってきました。実際に、その中で歌い踊ることで、「毛遊び」も、こんな雰囲気があったのだろうと想像できました。時代も、場所も、曲も違うでしょうけれど、きっと根っこの部分は同じなのだろうと思うのです。そこで、私の味わった「毛遊び」=「八重芸のコンパ」を文字で再現してみたいと思います。それによって、先ほど書きました「コンパの地方」の意味と、「毛遊び」の雰囲気が、みなさんにもわかっていただけるのではないかと思います。

 ある日の、八重芸のコンパ

 練習が終わって、部員たちが荷物をもって部室に向かいます。戻る道すがら、部長が二人の部員と短い会話。二人は頷いて部室とは違う方向へ駆け出します。
 部室に着いた私たちは、荷物を片づけています。そこへ、さきほどの二人が、大きな袋をかかえて戻ってきました。中には、ポテトチップ、缶詰、それに氷、豆腐?などなど。
 三線は3丁(あまりよいものではありません。皮も人工)を残してすべて片づけます。缶詰をあけたり、ポテトチップを取り分けたりしている間に、一升瓶と水も用意されています。この間、地方は調弦をしています。この調弦の「テンテン」という音が、その場の雰囲気を徐々に盛り上げるのです。
 それほど広くない部室に、だんだん人の輪ができてきます。でも、まだコップを受け渡ししたり、豆腐をお皿に載せて、醤油を探している人がいたり、袋から飛び出したポテトチップを拾い集めていたりと、落ち着いた雰囲気ではありません。その喧噪の中、チンダミのテンテンが聞こえています。
 まだ、足りないコップを探している人がいるのに、チンダミのテンテンが、『赤馬節』の歌持になります。落ち着いてしまう前に始めるというのも、地方のテクニックです。
 先輩が一年生の女性部員に扇子を差し出します。部員はそれを持って立ち上がり、きょろきょろ。踊るスペースがありません。しかたなく、外へ。今日の舞台は、廊下です。
 扇子を構えたときには、みんなの視線が集まっています。雑音はやがて、手拍子と三線の音に集約され、コンパのスタートとなるのです。
 八重芸の舞台では、『赤馬節』は新入部員の踊りです。まだ経験の少ない踊り手は、顔をこわばらせ、扇子を持つ手も緊張気味です。
 「あい、コンパだのに、もっと楽しそうに踊りなさい」
 「ここでは、ダメ出しされないから、安心して!」
 踊り手の顔がゆるみます。

 『赤馬節』が終わり、踊り手が地方に一礼すると当時に、『鷲ぬ鳥節』が始まります。『赤馬節』が新人の踊りと決まっているのに対して『鷲ぬ鳥節』は、踊りたい人が踊る。ということで、先輩が一人、扇子を持ってスタンバイ。後ろを見ても、一緒に踊る人がいないのに気づいて、「あんたも出なさい」と同期の女子部員をひっぱります。そのやりとりが長いので、地方が「おーい、長いど」と一喝。すぐに踊りが始まりました。
 先輩の踊りには、新人とはちがった味があります。笑顔はもちろん。少し間違えても、愛嬌でカバーします。座って見ている新人女子たちは、手拍子しながらも真剣な顔つきで先輩の踊りを凝視。ときどき、手の動きを真似たりしています。新人男子は地方といっしょに声をだして、こちらも練習中といったところでしょう。

 ここで、テンポを上げて『目出度節』です。長い曲ですし、動きも多い。先輩たちは、だれが踊るかもめていますが、さきほど一喝されているので、もめた割にはすぐにスタートが切れました。おっと、新人も一緒にやろうというわけで、踊り手の最後尾についています。「二才踊り」は、立ったり膝をついたり、ハイスピードの回転があったりと、運動量の多い踊りです。終わって一礼するころには、息があがっていました。が、顔は笑顔です。新人は、納得いかない動きを隅っこで復習しています。

 踊り手たちが輪の中に戻ると、みんなで拍手。一息つきます。
 まだ上気した顔の踊り手に、コップを差し出したり「○○の踊りは、先輩のに似ている」とか「最近、体重が増えて立ち上がるのがつらい」などといった冗談が交わされたり、やっぱり醤油をさがしていたり、ポテトチップをこぼしたり、輪の中は踊っているときとはちがったにぎやかさです。地方は、この間にのどを潤しています。が、この雰囲気が落ち着ききる前に、三線を構えました。

 「テン テン テン」チンダミを確認する音。それを聞いて、場が少し静かになります。すかさず、『祖納岳節』が始まります。
 これは、今練習メニューに入っている曲です。踊り手を決めなくても、いつもの踊り手がすっくと立ち上がり、四つ竹を手に踊り始めました。
 たとえコンパの余興であっても、ただいま練習中という踊りには力が入ります。笑顔は消え、真剣なまなざし。見ている先輩が、踊り手に合図を送っています。どうやら、四つ竹を持つ手の高さが違うという意味らしい。一人の右手が3cmほど上がりました。
 地方を見ると、一人入れ替わっていました。今年から地方に入った新人が歌っています。コンパは練習の場でもあります。

 適度な緊張感の中で、『祖納岳節』が終わりました。一礼したあと、踊り手の一人がしきりに左手の動きを繰り返し、気にしている様子。それを見た地方の一人が、
「続きは明日にしたら?」
この声に、踊り手は我に返って苦笑い。みんなが大笑い。

 笑い声がとぎれる前に、『高那節』が始まりました。
 本来、笠(陣笠)を持って踊られるのですが、用意していませんので、扇子を45度くらいに開いてそれを笠に見立てての踊りです。廊下に3人。先頭の一人が体をほぐすかのように、肩を上下させました。腰をすっと沈めて、歩み始めます。
 『高那節』も「二才踊り」です。さきほどの『目出度節』よりも、さらに動きがシャープに見えます。片足で静止するところで、ぴたりと決まるのはさすが先輩です。この3人は、以前舞台で踊ったメンバーですので、息もぴったり。しかも、自分の踊りだという自負があるのでしょう。最後まで気持ちが張りつめています。終わった後の部員たちの拍手もひときわ大きい。

 と、ここで地方にリクエストが。

 「ねえ、『そうじかち』やって!」

 『そうじかち』は、竹富島の民俗芸能です。その名の通り、掃除を題材にした踊りで、舞台ではこの踊りを持って「清め」とするようです。メロディーは「あがろーざ」の早弾きと言えばよいでしょうか。手桶にひしゃく、菷(ほうき)を持って踊られる軽快で、楽しい芸能です。どうやら、近々余興で踊る予定なので、この場を借りて練習したいということのようです。
 地方は返事の代わりに、歌持を始めました。踊り手4人ははじけるように廊下へ出ます。
 まだ、完成していないらしく、ところどころで迷っているのがわかります。4人がお互いの動きを目で確かめるようにしながら踊りますので、ぎこちない。そんなところへ、
「あがやー、まだ覚えてないわけー」
と、冗談のような本気のような激励の言葉。踊り終わった4人は「続きは明日にしよう」と思ったようです。

 ここで地方は、雰囲気を変えるために調弦を二揚にしました。『小浜節』です。これも去年の舞台での演目です。そろそろみんなの酔いもまわってきて、騒ぎたくなるころではありますが、あえて、ぐっと押さえた踊りを挟み、みんなのエネルギーを内にため込ませることが地方のねらいでしょう。四つ竹の音とともに、静かに踊りが始まります。
 この歌の場合は、みんなで歌うというよりも、地方の歌を楽しむという感じでしょうね。手拍子すらありません。地方のよく通る声、大太鼓のリズム。静かな四つ竹の音。大人の女性を感じさせながら、踊りが終わりました。
 まだ四つ竹の余韻が部員たちの耳に残っているうちに、地方は『マミドーマ』を起こしました。さあ、先ほど内側にため込んでいたエネルギーが、ここから外に向かって噴出します。我先にと立ち上がる部員たち。基本的には6名で踊るのですけれど、コンパでは人数制限はありません。思い思いの役割「鎌」「鍬」「へら」に分かれて並びます。中の一人が、列の外へ押し出されました。「おまえは、種まきをやれ」ということらしいです。座っているみんなの前に出て、あたりを見回す仕草。これは、そろそろ種をまいてよい時期が来たことを確認しているところ。よし、作業にとりかかろう。と決めて、出番を待っている踊り手たちの方へ向き直り、手招きをします。「イーヤサーサ」のかけ声とともに、踊り手がリズムに合わせて登場します。
 『マミドーマ』で大騒ぎしたら、ここからは怒濤のごとく踊り続けます。本調子に戻し、『崎山ゆんた・みなとーま』『与那国ぬ猫小』など、男女がペアで踊るわけですが、「実生活でもペア」の二人が出てきたときなどは、みんなから冷やかしの洗礼を受けます。時々休憩をはさみつつ、地方の繰り出す歌にみんなが「踊らされていく」のです。あるいは、地方が「歌わされている」のかもしれませんが。

 少し踊り疲れたように見えてきたのでしょう。地方は『真謝井戸』を最後に、三線を置きました。三線の音がなくなったことで、逆に全員の意識が地方に向きます。地方は、コップの泡盛で少し口を湿らせると、みんなの視線を感じながら、また三線を構えます。「次は、何が出てくるのか?」みんなの期待が集まるそのとき、『竹富のクイチャー』です。待ってましたという感じで、みんなが立ち上がります。
 『竹富のクイチャー』は、巻踊りです。全員で輪になって踊ります。三曲セットになっていて、しかも、徐々にスピードがあがっていくという、「モーヤーへの序奏」にぴったりの曲。
 ついに、『六調節』が始まりました。乱舞です。うまい人はうまい。下手な人はへたなりに。

 地方と踊り手の勝負。今日の地方はなかなか手強い。少しリズムが緩やかになって、おや、終わりかな、と思わせておいて、またスピードアップ。こんな演出が、踊り手をますますその気にさせます。
 やっぱり、先に降参したのは地方でした。

 モーヤーが終わり、あちらこちらで会話の花を咲かせています。そこへ、忍び込むように三線の音。「八重山育ち」その後は、時々思い出したように、二揚の曲が始まります。ここまでくると、みんなで歌って踊るというよりも、歌いたい人が歌い、しゃべりたい人はしゃべる。眠りたい人は眠る?地方の仕事も終了ですね。

 こうして、八重芸のコンパは朝まで続くのでした。

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プロフィール
hidarinodo
1978年に八重芸に入った男性